悔いの残るせッション

「私、余命1日って言われたんですが、こうしてここに来られました。」

そう言って彼女は私の前に座った。

 

クリニックに入院している患者さんでもなく、通院している患者さんでもなく、

私のことに興味を持ってくれて、セラピーの予約を入れてくれたらしい。

 

「腹水がたまって、いよいよって言われたんですが、奇跡的に回復し、今、2週間目です。」

 

私と同い年だという彼女の話は、聞いていて胸に迫った。

幼い頃から酒乱の父を殺したくって、殺したくって、憎しみに燃えてきたこと。

いつも枕元に包丁を置いていた事、窓から何度も着のみ着のまま逃げたこと。

深い憎しみは声に迫力がある。

 

そして今は、高校生のお嬢さんが、学校にも行かず、

一度も病院に顔も見せに来なかったし、家にも帰っていない。

ずっと彼氏と遊んでばかりで、

母親がもう死ぬというのに何も考えていない。

腹が立って腹が立って仕方がない。

「娘を助手席に乗せ、車ごと海に飛び込もう。」何度もそう思ったと。

辛い思いを吐き出される。

 

はじめてのパターンだった。

余命宣告を受けた方から現在進行形の家族に対する怒りを聞くのは。

 

緩和ケアの患者さんは悟っているかのごとく、残していく人達への愛の言葉や、

過ぎ去った日々を懐かしみ、幸せな日々の思い出を語られます。

 

ことばを伝えなきゃ、

焦れば焦るほど、

彼女の恨みの声に巻きこまれていくようで、

約束の1時間半をとうに超えて2時間過ぎても、

私は彼女を穏やかな境地にすることができなかった。

 

私は仕事を忘れて叫びたかった。

「あなたの人生、恨むこと、心配すること、それ以外、何かありましたか!!!

かけがえのない あ・な・た の人生なんですよ!!!!!」

 

私は今までおこなってきたセッションで、反省することはあっても、

悔いが残っているのは、この1つだけだ。

 

「翌週、元気だったら、かならず来ます。」

そう最期に笑顔で言って、予約を入れてくれたけれど、

結局連絡もないまま、

彼女とは会えていない。

 

 

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