温室での濃厚な時間

彼女との出会いは、最初は大学の夜間の社会人講座。

翌年には昼間、学生にまじって一緒に授業を受ける講座に参加していた。

お昼は学食で一緒に食事をとり、

お休みの日には遠くの美術館に一緒に出かけたり、オープンしたてのショッピングセンターに行ったり、

時間の経過とともにいろいろな話をするなかになっていた。

 

大学での2年間の講座が終わった頃、私は本来の自分の仕事に加えて、いくつか仕事を掛け持ちしていて、

通勤だけでも往復3時間半もかかるところに通っていて、終電を乗りすごすと、タクシーで家に帰り、仮眠をとって、

6時半には家を出るというような時もあり、自分がやるべき仕事の重圧を感じていた。

 

「家に遊びにこない?」

「映画を見に行こうか?」

そんな彼女の申し出を、「ごめん、仕事忙しくて・・。」と断っていた自分。

このプロジェクトが終わったら、そうしたら彼女と、笑顔の素敵な彼女と、思う存分楽しく遊ぼう!!!

そう、自分に言い聞かせて・・・。

 

彼女から連絡が途絶えて1年半後。

ようやく、自分の時間が取れるようになって、

彼女に会える!一緒に遊ぼう!

そう思ってメールしてみると、メールの返事はなく、

電話をかけると、息子さんがでて

「母は今いません。いつ帰ってくるか分かりません。」という返事。

 

数日後、ご主人からメールが届きました。

『妻は半年前に亡くなりました。あなたのことはいつも話をしていました。何度も連絡しなくていいのか、と聞いていたんですが、

「彼女、忙しくしているから・・・。」と言っていて・・・。

まだ、私も息子もいなくなったという現実を受け入れられない状況で・・・。』

 

どれほど悔やんだろう。

本当は仕事の休みの日だってあった。

3〜4時間の時間が取れないはずもなく・・・。

私は負けん気が強く、見栄っ張りで、ただ彼女に疲れた自分を見せたくなかったのだ。

 

桜の樹の下で、花びらが舞い散るなかで、ほうばった学食のパン。

 

温室のなかでの植物写生の時間、水彩が苦手な私に、優しい言葉で丁寧に丁寧に教えてくれた彼女。

 

温室の中はどこまでも静かで、濃厚な花の香がしっとりと

彼女と私の二人だけにまとわりついているみたいで・・・。

温室のガラスに伝う水滴が、まるで涙のようだと感じたことが思い出される。

 

彼女の描く絵はとても儚く、とても美しかったな。

 

自分をさらけ出して、疲れた時には疲れたって言っていい。

会いたい人には、会いたいと思ったときに会いに行ける自分でありたい。

 

 

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